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幻のデニーロを見た夜

2020/01/05 NOTEでの記事


年末に、NETFLIXでずっと楽しみにしていたマーティン・スコセッシの新作The Irishmanを観た。 アル・パチーノとロバート・デ・ニーロとジョー・ペシという、マフィア役をやらせたら右に出るものがいないこの3巨頭の夢の共演だけでも涎が出そうなのに、監督はなんとThe Goodfellasのスコセッシ!というこれ以上ないようなシチュエーションで作られた映画で、ずっと楽しみにしていた映画だったけど、間違いなく2019年に見た中で一番好きな映画になった。


私は映画は好きだけれど、全く詳しい方ではない。 映画って観るのにまとまった時間が必要だし、音楽でもそうなんだけど、好きな映画を一つ見つけると私は飽きずにそれを何十回も見て楽しむので、観てきた映画の数は偏っているし少ない方だと思う。 スコセッシの映画も、The Goodfellas、Raging Bull、Taxi Driver、The Wolf of Wall StreetとGangs of New York、それに今回のThe Irishmanと有名なものしか観ていないし、Taxi Driver以外は全部NYに来てから観たから、語れるほど彼の事を知らないんだけど、彼の作る世界観て、まさに私が実際のアメリカを何も知らなかった時に無邪気に憧れていた時代のアメリカの香りがするし、使う音楽もセンスが良い。表現方法も作り込まれ具合も、まるで職人が作るいぶし銀の彫り物の様に洗練されていてまさに高級なウイスキーの様なハード・ボイルドさだ。

ちょうど3、4年程前、私はロウワ―・イーストに住んでいて、数ブロック先に住んでいた元イタリアン・マフィアのアンジェロというおじいさんに気に入られ、ご飯を食べに連れて行ってもらったり、家に遊びに行ったりと頻繁に交流していた。 アンジェロの事はいつか別に書きたいと思うが、The Goodfellasを見た同時期には、少し年上の知り合いの女性がジョー・ペシと親しく交流していたので、彼の話を頻繁に聞くたびに興味がわいて出演作品をいくつか観た。 私の彼もブルックリン出身のイタリア系なので、スコセッシに限らずNYの古いマフィア映画が大好きで、そんな影響でイタリアン・マフィアの映画を立て続けに何本か観た。 GodfatherやOnce Upon A Time in Americaも最高だけど、私は個人的にThe Goodfellasと、デニーロが監督・主演のA Bronx Taleが好きだ。

The Goodfellasには、古いダイナーが二つ出てくる。そのうちの一つは映画にちなんでGoodfellas Dinerと名付けられ、引っ越す前に住んでいたアパートから歩いて15分くらいの、周りに何もないような場所にポツンとあった。客は主にトラック運転者が9割、私のように、映画が好きでわざわざやってくる奇特な人が一割といったところだ。 私の彼も中には入った事がないとの事で、The Goodfellasを一緒に見た週の週末に車で朝ごはんを食べに連れて行ってくれた。 とっても古い作りで、いつ行ってもウェイトレスは年を取った白人のおばさんが一人。金髪のカールした髪をスプレーで大きく固めて、皺だらけの顔に水色のアイシャドウを塗った、絵に描いたような絶滅寸前のトラッシーなその白人女性が、この古臭いダイナーにこれ以上ないほどぴったりで、ごはんはまずかったけどそのダイナーは私達の大好きな場所になった。 一人でも出かけたし、とりわけよく休日の朝に彼と朝ごはんを食べに行った。一日を始めるのに映画の中の様な最高に粋でおしゃれな気分になれる場所だった。



しばらくして私はこの場所を近所に住んでいた友達に紹介したいと思い、彼女を誘って遅い時間にこのダイナーまで歩いて行った。

私は流行りの場所にあまり興味がない。少し高めのレストランに一緒に行ける友人も何人かいるし、話題の美味しいレストランに一緒に行ける友人も何人かいる。でも、例えごはんがまずくても、映画の様な雰囲気を100%同じレベルで味わえて一緒に楽しめる友人というのはなかなかいないので、絶対に一緒に行きたいと思ったからだ。

その日もダイナーはガラリとしていて、お客は私達だけか、反対側の奥の方にもう一組、とかそんな感じだった。ビンテージの好きな彼女はその古い内装に大喜びし、私達はしばらくその時代遅れのインテリアを見ながらそのダイナーがいかに最高か話し、私は彼女にThe Goodfellasの映画を観るように勧めた記憶があるので、その話もしていたと思う。

相変わらず美味しくないごはんを食べ終わってコーヒーを飲んでいたら、外にベンツのワゴンが止まり、年配の白人男性が二人ダイナーに入ってきた。 私は入口に面して座っていたので、そのうちの一人の男性の顔に釘付けになった。 ロバートデニーロそっくりだったのである。 私は聞こえないような声でこっそり大騒ぎしながら友達にそれを知らせ、彼女に見すぎだとなだめられるほどその男の人を凝視していたので、対面して座っていた彼とさすがに何回も目が合ったが、どこからどう見てもその男性はデニーロにしか見えなかった。

私は今までNYで有名人をたくさん見かけてきた。 時には道端で、時にはサブウェイで、時には勤務先でと、有名な人達をたくさん見てきた。 どれもそこまで感動しなかったけれど、大好きなシンディー・ローパー、デイブ・ロンバード(スレイヤーのオリジナルドラマー)、ジム・ジャームッシュと、このデニーロ(のそっくりさん?)に会えた時は、本当に本当に興奮した。 恐る恐る振り返って確認した友達もあまりのそっくり具合にびっくりし、私達は30分以上、本人かどうかという会話をしていたと思う。 本当におかしな光景だった。ガラガラのダイナーに、私がここに来るたびにそのシーンを思い出していた当の本人にしか見えない男が、数メートル先に座っている。

でもまさか、大昔に出演した映画のワンシーンであるだけのこんなクイーンズの僻地に、デニーロが幻のように現れるわけがないし、本人より老けて見える、という事で、きっとただのそっくりさんであろうという終着点にこの話は落ち着き、私たちはダイナーを後にした。


それから1年もしない後、そのダイナーは残念なことに火事になってしまい、閉店してしまった。 お気に入りの場所だっただけにとてもショックだったのだが、時間が経ちそんなことも徐々に忘れ、あれから2年以上経ったこの年末にThe Irishmanを見た。



映画の中にはまたダイナーのシーンがあり、そのダイナーは私が足しげく通っていたあのGoodfellas Dinerにそっくりだった。 ダイナーが映るシーンは短く、その時は確認できなかったのだが、先日何気なく携帯をいじりながらふと、Irishmanのロケーションの記事を検索してみたら、なんとそのシーンは紛れもなくGoodfellas Dinerだった上に、映画の撮影時期はまさに同じ時期だった。

映画の特集で撮影秘話を話していたデニーロは、しばらく見ない間に白髪も増えて、私たちが見たあの時の、”イメージよりも少し老けたデニーロ”にそっくりだった事を思い出し、あの時一緒にダイナーに行った友達に大急ぎで連絡をした。




あれは本当にデニーロだったんじゃないかと思う。 「デ・ニーロ・アプローチ」という言葉が生まれるほど、デニーロは過酷で細密な役作りをすることで知られている。 私がデニーロだったら、大昔に使った思い出のロケ地をまた新しい映画で使うとなったらその前に絶対に下見に行くし、実際にその席に座ってどんなシーンにするか考えたい。


この映画はこの先何回も見るだろうと思う。 見るたびにあのダイナーの夜を思い出すんだろう。

今となっては確かめようもないが、幻の宝石のような私の大切な思い出となったというお話でした。

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