MEMORIES 4

知り合いで、特定の住所を持たない人がいます。 暮らすように旅をする、が彼のテーマ。 それもとっても魅力的だけど、「おうち」が大事な私としては、 「暮らすように旅をする」ではなく「旅のように」暮らしたい。 毎日、旅の途中のような気分で生活するのが、私のテーマです。


旅行のいいところは、日々の責任感から離れ 自由な気持ちで見慣れない景色や空気を楽しむことですが これが一変、「生活」となると 全てに新鮮な気持ちを失ってしまうものです。




私がアメリカに初めて旅行に来たのは 晴れて美大に入学した一年目の夏休みで 浪人中に知り合ったアメリカ在住の夫婦のお宅に泊まらせてもらい それが私の初めての一人旅でした。


浪人中、私は予備校の授業が終わるとその足で すぐに歩いて3分程のコンビニでアルバイトをしに向かい 終電前には終わる夕方のシフトで働くという生活を週に3回ほどしていました。

たかがコンビニの仕事でも、厳しい家庭に育った私には 高校卒業後の初めてのアルバイトで、とても新鮮でした。 場所柄、テレビでもよく見かける芸能人や ショーパブで働く女装の方が出勤直前にセーラー服でやってきたり どう見ても反社会勢力の方など 「変わった」人達が日常的に来るコンビニだったので、バイトは私の楽しみでもありました。


ある日私が働いていた日に、テレビで見かけた事のある アメリカ在住の芸能人の方が子供を連れてお買い物に来ました。 その方は私が物心つく前に渡米されていたので 全盛期の頃の活躍は見逃していたものの 当時から今に至るまで とても自由に生活されている印象で たまに日本のテレビに出ていることがあると 楽しみに拝見していた方でした。 帰国していた期間は滞在先が近かった為、頻繁にお買い物に来ていたので その方とアメリカ人の旦那さんが来るたびに、挨拶をするようになりました。


ある日旦那さんが一人でふらっとお買い物に来た時に 他にお客さんもいなかった為、片言の日本語と片言の英語でお話をしました。 「君、パンクな格好をしているけど、バンドでもやっているの?」と聞かれた私は 「近くのアートスクールで、美大の彫刻科に入るための勉強をしている」とつたない英語で伝えたところ

彼は少し間をおいて 「今、日本の深夜番組の企画で、自主製作で映画を作っているんだけど クレイアニメーションの部分があるから、手伝う気ある?」 と、突拍子もなくお仕事のスカウトをしてきました。 舞い上がった私はすぐに承諾し、さっそくバイト終わりに旦那さんに連れられ 彼らの滞在先に訪ねて行くと そこには2人の若いクリエイターさんと、その芸能人の方がおり 映画製作の作業をしていました。 私が訪ねていく話も聞いていなかったのか 「あれ~?コンビニの店員さんの子だよね!どうしたの?」とびっくりされていましたが 旦那さんが英語で彼女に「彼女、アートスクールに行ってるらしいから、手伝ってもらおうと思って、連れてきたんだ」と話すと 「あ、そうなの~?じゃ、よろしくお願いします~!」と 驚くほどカジュアルに受け入れてくれ 私は右も左もわからぬまま、その映画製作をお手伝いすることになりました。


続く

REIKO LAUPER

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