私なりの「願望実現」

2019/12/11 NOTEでの記事


せっかく始めたNOTEを書こうにも、ここ数週間は生活が一変しあまりに忙しく、やっと少しひと段落したので気分転換にNOTEを更新しようと思う。


2週間ほど前に突然引っ越しをすることになり、抱えていたグラフィックや絵の仕事を中断して色々な作業に追われていた。 新しい家。新しいエリア。 引っ越しはニューヨークに住んで5回目になる。 ニューヨークは地域によって人種や特色がはっきりと別れているので 新しい場所に慣れるまでに毎回時間がかかる。


私がニューヨークに来て初めに住んだアパートは、それは酷いものだった。


窓もない地下の物置を無理矢理部屋にしたアパートを大家さんが違法で破格で貸し出していたので、不便もいい所だったが、きちんとしたアパートに住むまでの繋ぎとして住んだたった半年の間だけでも、天井からの大量の水漏れで数少ない洋服がダメになったり、日本からの大事な荷物が盗まれ続けたり、下水の逆流でバスルーム中が汚水浸しになるなどとんでもないアクシデントが何回もあり、来たばかりで英語もロクに話せなかった私にはこれでもかというほどの試練続きで、今では笑い話だが当時は精神崩壊寸前だった。


その頃の私の願いは、日本にそのまま住んでいたら考えられないほど些細な事で、陽当たりの良い大きな窓があるアパートで、お風呂に浸かれる生活ができれば他は何もいらないと本気で思っていた。


その後13年間で4回引っ越した。 引っ越すたびに暮らしは徐々に豊かになっていったが、この度私はニューヨークで5度目の引っ越しをした。

住んでいたアパートのビルが火事になったのである。


これはさすがに予想外だった。 これは本当に不幸中の幸いだったのだが、私が住んでいた部屋はほぼ実害がなく、命も物も何も失わずに済んだのだが、予想より遥かに早いスピードで広がっていく火や泣き叫ぶ二階の住人、窓から怪物の様に吹き出す炎を見ながら、猫を連れて何も持たずに外に飛び出した私は、初めて全てを失うかもしれないという恐怖を経験した。


私の部屋は一階だったが、二階の斜め上の部屋が全焼した。 他の部屋も煙や消火の際の水でかなりのダメージがあった為、ビルを直す為に突然退去しなければならなくなったのだ。


1週間やそこらで次のアパートが見つかるはずもなく、私は急遽、彼のアパートに引っ越す事になり、付き合い始めて5年目、思いもよらず同棲することになった。


彼のアパートはブルックリンでも一番遠くのエリアにあり、サブウェイの駅までも20分近くバスに乗らなければいけない為、数ヶ月前までマンハッタンで働いていた私には一緒に住む事は現実的に考えられなかった。 同棲も数年ぶりで、それなりに自立して一人で好き勝手に生活してきた私には、恋人と生活を共にする事の不安も大きかった。 フリーに転向し、マンハッタンに通う必要がなくなった後も、部屋も気に入っていたし素晴らしいルームメイトにも恵まれていたので、他に移る事は全く考えていなかったのだが、ビル全体も煙で焦げ臭く、家で仕事をする関係上、落ちついて仕事もできないので、決まり次第すぐに移る事になった。


引っ越し後、三日ほどかけて物を片付け、ひとまず落ちついたので私は夕方一人で近所を探索しに散歩に出かけた。

この家の目の前には私の大好きな入り江があり、その周りを歩きながら私は色々な事を思い出した。




将来は海の近くで生活し、朝は水辺を散歩できるような生活がしたかった事。 絵を描く仕事がしたかった事。 完璧に自分のペースを守れる、時間に縛られない生活がしたかった事。 猫に囲まれながら暮らしたかった事。 同じような価値観や趣味を共有できる、落ち着いたパートナーが欲しかった事。




きっかけは火事という恐ろしい体験だったけれど、私は、ここ数年間具体的に望んで口に出していた願望がきちんと順を追って実現されている事に気がついた。



海水の流れ込む入り江の水辺にある、大きな窓から陽の入る広くて暖かいアパートで、有り難くも依頼された絵を描きながら、大好きなパートナーと、彼の猫二匹と私の猫、合わせて三匹の可愛い猫達に囲まれての私の新しい生活が始まった。




この13年間だけでも、思えば色々な事を経験してきた。


第二ヶ国語が話せるようになり、別の国に生まれた人たちと幸せや悩みを共有したり、色々な事を話し合えるようになった事。 日本にいた頃は雲の上の存在で、憧れながら見ていた人の下で働けた事。 日系のコミュニティに頼らず、ローカルな会社のクリエイティブな分野でずっと働き生活をしてきた事。 自分の手がけた作品が、数えきれず商品になってきた事。 グリーンカードを持てた事。 多くの人が一度は憧れる、マンハッタンでの生活を体験できた事。 ニューヨーク・タイムズの一面を飾れた事。 大好きなシンディー・ローパーに会ってお話できた事。 マンハッタンで個展を2度も開けた事。 大好きなアンダーグラウンドの音楽のシーンでたくさんの素敵なミュージシャン達と交流ができた事。


戦後に育ち海外の文化に憧れを持っていた、オールディーズ好きな両親の影響か、アメリカに住むという事は私の子供の時からの夢だった。 高校生、大学生になりその思いはさらに強くなり、その頃の自分からは想像もつかなかったような小さなことから大きなことまで、時間がかかっても私の願望は本当に実現されてきた。


もちろん、良いことばかりではなく、つらい時期も山ほど乗り越えてきた。 人は他人の功績など、しばらくすれば面白いほどにすぐに忘れる。 ニューヨークという場所はとても不思議で、運が良ければ面白いほど後押しされて、高い場所まで簡単に行けてしまう時期がある。 私の場合、3年目くらいから5、6年程は強運に後押しされていたので 仕事も好調で、完全に調子に乗っていた時期があった。 ニューヨークだけでなく大都市というものは、頂上争いが激しい場所なので 頑張っている人など何万人もいるから、他人からの評価を自分の評価にするという競争枠にいる限り、少し休めばすぐに追い越される。 上手くいかない経験やプライドがズタズタになるような挫折や、身体的・精神的な不調も山ほど味わった。 でも、そのたびに新しい自分になって、何かもっともっと大事なものに気づくようになった。

一度底まで落ちた自信を引き上げるには、自分の嫌な部分に向き合わなければいけない時間が長くあり、人と社交が出来ない時期もあった。 全てを諦めて、自分は何者でもないのだというゼロの地点に戻り それでも支えてくれた大事な家族や人間がいたり 仕事をくれる有難い人間がいたり 毎日のご飯がおいしく食べられたり 些細な事に幸せを感じられるようになってきてから 派手に活動していた頃より何倍、何十倍も私は幸福を感じられるようになった。




私は俗に言われている「引き寄せの法則」を盲目的に信じているわけではないし むしろそこにはたくさんの矛盾があると思っている。 星占いもその他の占術も、お遊び程度にしか考えていないし 特定の宗教にも興味はない。 けれど、自分が自分の人生を変えられる 自分が自分の人生をデザインしていけるという事に関しては 私にはそれなりの自信がある。 他の人がどう言おうが、私は私なりのオリジナルな人生をこれからも歩んでいくだろうという確固たる自信があるし、それを叶えていくのも自分しかいないと思っている。


来年でニューヨーク生活が14年目になる今 経験したことのない全く新しい生活に今まさに足を踏み入れたところだ。 私の新しい人生がまた始まる。 精神状態が数年前と比べて全く変わった今、どんな楽しい事が待ち受けているのか今から楽しみで仕方がない!


私は私のやり方で、これからも願望を叶えていく。

REIKO LAUPER

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