「エンパス」体質の人へ

2019/11/08 NOTEでの記事


今月に入ってから何かと忙しい。 デッドラインのあるプロジェクトがいくつかあって ものの試しに始めたこの生活も 少しずついっちょ前のフリーランスみたいになってきた。

今日は一旦休憩して、世界的に人気のあるヘヴィメタル・バンドで 唯一、来日を一回も果たしていないという キング・ダイアモンドを見に行ってきた。 私の周りは、昔からキング・ダイアモンドのファンがとにかく多い。 というより、アメリカ人はカルト的にメタルが好きである。 私もメタルで好きなバンドはいくつかあるけど 彼らに関しては一番有名なアルバム一つと、ベスト盤しか持っていなくて 全く詳しいレベルではなかったんだけど 今日ですっかり、ファンになってしまった! さすがの演奏レベルに加えて セットも含めたショウの構成がシアトリカルですっごく面白かったし ライブ会場が歴史のある古いシアターだったので、それが彼らの世界観にどっぷりハマっていて、すごく楽しめた。 それと同時に、あまりにたくさんの人を見て 一気にグッタリ疲れてしまったので エプサム・ソルトを入れたお風呂にゆっくり入って、ようやくリラックスしたところである。

数年前に、私は初めて「エンパス」という言葉を知った。 英語の Empathy(共感)から来ている言葉である。 人の感情をまるで自分の感情の様に受け取ってしまう体質の事で 「空気を読む」事が当たり前の日本人には割かし多いとされている。 映画を見て感動して泣いてしまう、とかもその内に入ると思うんだけど もっと日常的にそのような事が頻繁に起こる。 例えば一緒に会話をしている人が怒りの感情を持っていると 関係のない事でもまるで自分の事の様に怒ってしまったり 気分が悪くなっている人を見て同じように気分が悪くなってしまったり また、他人の悪意がはっきり読み取れてしまったりとか その逆もしかり 簡単に言うと他人の感情に降り回されやすい性質の事である。

私は若い頃、大食い番組を見るのが大好きだった。 だがある時、しんどそうにしている女性ファイターの様子をテレビで見ているうちに 気分が悪くなり具合も悪くないのにトイレで戻してしまった事があり 以来大食い番組を見れなくなってしまった。 ネガティブな事の方が入って来やすいのは、そういった外部のものに振り回されているのにも気づかない、自分の状態が不安定だったからだろうと思う。

いつもならそんな新しい解釈を知ったとこで「ふーん」と流すところだが その時はなぜかその言葉が妙に頭から離れず 「エンパス」に関する本を取り寄せて数冊読んでみた。 読めば読むほど自分に当てはまっているような気がして 「自分はエンパスなのかもしれない」と思ったものの 何かの疾患や障害として病院で診断されたわけでもないし 対策としてのメソッドがどれもこれも面倒くさいワークのような事が書かれているものがほとんどで なんだかそれを本の通りやる気にもなれずに そのままエンパス関連の本は読まなくなった。


その後数年経ち 家で仕事をし始めた数か月前から私の中で様々な精神的な変化があり 何よりも驚いたことが 何の前触れもなく私の中に突如として生まれ 3年ほど気にしていた悩みというかコンプレックスが 状況は何ら変わっていないにも関わらず、まるで嘘のように消えてしまったという事であった。 悩みが解決した、というよりも「消えてしまった」という表現がしっくりくる。 あれは一体なんだったのだろう どうしてあんなに悩んでいたんだろう と考えるうちに 私は一つの事に気が付いた。 それは、毎日同じ空間で仕事をしていた同僚が その「悩み」について頻繁に話していた事である。 自分と同じような悩みを抱えているとは思いつつ 当時はそれを「他人」の悩みとして聞き入れていたものの どうやら私はそれをそのまま受け入れ、自分のものにしてしまっていたようで 家で一人で仕事をするようになりそれが消えていったとしか、自分の中で説明がつかない。 と同時に、何でもない事の様に話していた同僚のその感情が、そこまで深いものだったのだと思い知る出来事となった。

それをきっかけに、過去にあった出来事などを思い返すと 会うたびに毎回愚痴を聞かされる友人に会うと体調を崩すようになってしまったり 他にも思い当たる事が色々あり しばらく実験的に本気でできるだけ他人と距離を置いてみようと まず、それまで乗り気でもないのにやっていたインスタグラムをプライベートにし、開くのをやめた。 週に何回か会う恋人以外は 月に3回ほど、親しい友人と会うくらいに留め ほとんど遠出もせず、家で仕事と、好きな事だけをして暮らした結果 数か月前まで抱えていた悩みの大半のものが 嘘のように次々と消えていき 自分が徐々に「自分の軸」に戻っていくという 今までに体験したことのない初めての感覚を体験した。


これは、本当に理解のできない人にとっては全く理解のできない話なんだと思う。 ただの「性質」なので「超能力」のようなはっきりしたものでもない。 いくら「エンパス」という言葉を知っていて、多少の知識を持っていた私だって、こんな体験を通して自分がここまで影響を受けやすい人間だという事を思い知るまで、思いもよらなかった。 ただ、これを知る事によって、「自分の感情」の守り方というものが 少しわかってきたような気がしている、今日この頃である。


思えば小さい頃からそうだった。 なので、周りも皆、そうなのだと思っていた。 これは今私が意図的に行っている、インナー・チャイルドの癒しとも繋がっていく話なんだけど 気付いて、それを認めるという作業がここでも非常に重要になってくる。 認めることによって、手放すことができるからだ。 人は多かれ少なかれ、外から影響を受けるものだと思うんだけど 「エンパス」で一番厄介なのは、他人の感情と自分の感情がごちゃ混ぜになってしまって

どれが本当の自分の感情なのか、わからなくなってしまう事だ。 まさか外から入って来ているものだとは思わないから それを自分の感情と錯覚してしまうので、結果、他人の感情に自分の神経を振り回されることになってしまう。 なんだか笑ってしまうような変な話だし 考えすぎじゃない?と思う人はそう思ってくれても構わないんだけど 私は大真面目にそう感じていて しかもずいぶんと長い間、それに気づかずに色々と取り越し苦労をしてきたからこそ もしも私のような人が一人でもいたら、少しでも何かの役に立てればいいなと思って、今日のブログを書いている。

なぜ、今日それを書こうかと思ったかというと ここ最近さらにその事に対してセンシティブになっているせいか 人ごみや、多くの人が集まる場所に行くと 前よりも疲れてしまうようになったからである。 コンサートなど、みんながワクワクしているような場所は 逆に元気になったり、ポジティブなエネルギーももらえるんだけど たくさんの人がいるという事はそれだけハッピーな人もアンハッピーな人もいるわけで とにかく、人をたくさん見るだけで疲れてしまうのである。 年をとるにつれ、人ごみが苦手になる人って多いと思うんだけど それってこういう事なんじゃないかな。

なので、私は、少しでも行きたくないと思った場所や集まりには なるべく行かないようにしている。 今まで無理して出かけて、ロクな思いをしたことがないからだ。 また、少なからずも疲れてしまった時には 多めの塩を入れたお風呂でゆっくり汗をかくだけで 気持ちも体力も、だいぶ回復する。 運動をしている人はそれで解消できると思うんだけど 私は運動が好きな方ではないので 長風呂や、読書や、フルーツを食べたり、こうして文を書いたり

自分が気持ちいいと感じる好きな事をすることによって、スイッチのように自分の世界に戻ってくることができる。 私が読んだ本には、‟自分の周りに光のエネルギーを感じて、守られていると意識しましょう”

なんていうような事が項目としてずらーっと書かれてあったけど

そんな面倒な作業をいちいちやってもいられないので 私は、ただ単に気分が良くなることをするだけ。 意識してこれをするだけで、だいぶ効果があると思う。 私にとって「ひきこもり」の時間は、絡みついた他人の感情を引きはがす、浄化の時間なのである。




社会に出て働いたり、人と関わるという事は それだけ世界も広がるという事だから 素晴らしい事だとは思うのだけど もしも理由の見つからない漠然とした不安や悩みに襲われている人は 一度それが本当に自分の中から生まれたものなのか 立ち止まって考えてみてください。 もちろんこれだけが原因ではないとは思うけど 外から入る情報やエネルギーって、意外にも影響力があるという事を少しでも意識できたら 逆に自分が外部に与える影響も、なるべくいいものにしていきたいと思えるようになると思うのです。


かくいう私もまだまだ人間ができているわけではないので 一歩ずつ、一歩ずつ いつか本当に素敵な影響力のある人間になれればいいなぁと思いながら 毎日を過ごしている次第であります。 他人に合わせる事を強いられる日本社会では、私のような人間は 少なからず苦労をしていると思うので 少しでも、楽になって欲しい。


今日もまた、とっても長い文章になってしまったけれど 読んでくれた人がいたら、ありがとうございました。

REIKO LAUPER

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